人間関係

【実録】新設ブラック保育園へ就職した私の地獄の保育士生活~第3章~

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4月。保育園全体が大きく動く。
酷い仕打ちばかりを受けてきた0歳児チームは相変わらず反園長派で、園長への恨みつらみでいっぱいだ。

そんなチームを団結させないよう園長は担任同士を切り離し、1人ずつ親園長派のクラスに送り込んだ。
私は最も親園長派が濃い2歳児クラスへの配属となった。
反園長の発言をしようものなら『何で?園長は優しくていい人なのに』と反論するような先生ばかりだ。
無理もない。このクラスの先生達は、開園してから経験豊富な先生からの助言をもらい、ぬくぬくと保育技術を磨いてきたのだ。
園長の鬼のような本性も新卒のみでゼロから始めた0歳児クラスがどれほど壮絶だったのかも知らない。

ちなみに私は運動会前の件からすでに鬱(うつ)気味でよく涙を流していた。

4月
入園式。
1歳クラスから上がってきた園児、新入園児、そして保護者と挨拶。
事前に打ち合わせをした通りに事を運んだ。
…と、ここでアクシデントが起こる。
モンスターペアレント(?)だ。

だが今思うとこの親御さんの方がまともな事を言っていた。
同期の担任が対応していたものの、表情はどんどん暗くなる。
緊急時だと察知した私は事務室へ走り、園長に知らせた。
普通ならば…
普通ならば!
ここで園長なりジムの先生が直行し、フォローをするはずである。
しかしあの園長がそんな事をするわけがない。

『…ちょっと様子見とこか。』
と言うと、室内カメラを使って担任が叱責されている様子を観察。

映像の中で担任が泣き崩れ動かなくなる。
そこでやっと動き出した園長だが…
『○○先生行ったって。』
なんと自分が行くのではなく、保育士資格のない事務の先生を向かわせたのだ。
メンツが大事な園長は滅多に保護者にとってマイナスイメージになるような事をしない。
汚れ仕事は事務の先生や主任に押し付けるのだ。
結局保護者と事務の先生は別の場所に移動した。
泣き崩れた担任はその場で過呼吸を引き起こし、早退、そのまま欠勤が続き、ついに退職してしまった。

私が報告した段階で対処していればこの悲劇も防げたはずである。
入園式の2週間後、元0歳児担任の先生と階段ですれ違った。
ここには室内カメラという名の監視カメラがない。
0歳児の頃から反園長チームの話し合いの場所であった。
ところがどうも同僚の顔色が良くない。
『大丈夫?』
私はそっと声をかけた。
同僚は声を絞り出すように『…もう無理…』と首を振る。
その1週間後、その同僚が、そして続くように元0歳児担任チームが数ヶ月以内に続々と退職。
とうとう正社員で残った元0歳児担任チームは私だけになった。

以前から継続していた園長による私への自主退職を促すようなパワハラ尋問はさらにエスカレートする。
同僚の口から言い聞かせば自主退職するはずだと考えた園長は、園内一の親園長で、常にごますりしている同僚を利用する。
同僚によるパワハラ尋問が2歳児クラスの保育室で行われた。
内容は変わらず『一緒に仕事をしてると疲れる』『他の先生からも苦情が来てる』など、私を否定するような事ばかり。

バイト経験もなかった私は『働くとはこういう事だ』と自分に言い聞かせ、この尋問にも必死に耐え続けた。


遠足の季節。
2歳児クラスは近くの大阪城公園の広場で自由遊びをした。

犬(チワワ)の散歩をしている人を見つけ、近付いて眺める子ども達。
その様子を見て『可愛いね』と声をかけると、 子ども達も『可愛い〜』と口々に言ってニコニコしていた。

遠足が終わり、クラス会議で各自で感想を述べさせられた。
私は犬の事に触れ、『動物との触れ合いもあって良かった』と言ったところ、園長からの衝撃的な言葉に絶句した。

『何言うてんの!子どもを犬に近づけへんのが普通やで!もしそれで子ども噛まれたらどないすんの!?
犬なんていつ噛むかも分からん畜生やねんからな!』
畜生…現代ではあまり使われないが、英語でいう『ファ◯ク』に等しい罵り言葉だ。

園長はよく職員に『相手の良い所を探しましょう』と綺麗事を言っている。
当の本人は私の悪い所を細かく探し、同僚を利用して軟禁、尋問してくるのだった。

何とかその年の運動会も終えた。
今回も撮影係だのなんだのと理由をつけ、当日はクラスの手伝いをさせてもらえなかった。
気が付けば個室で尋問をされ始めて1年が経過していた。
私の精神はズタボロで頻繁に保育中に涙を流すようになった。

家族も異様に帰りが遅い私に疑問を持ちながらも、何も聞いてこなかった。
そんな最中、私は大きなミスを犯してしまう。
卵アレルギーの子どもに卵スープを与えてしまったのだ。
幸いにも子どもはトレーニングによって卵を少量なら食べられるようになっていた為、アレルギー反応は出なかった。
それからは担任同士が話しをしていると全てが自分への悪口だと錯覚。
その後も変わらず、ごますりの同僚と事務の先生2人から尋問された。
『開園したばかりの頃は明るくてよく笑ってたのに最近どうしたん?』
『僕が○○先生(私)だったらもう辞めてるよ』
『俺も他の先生達も限界。ホントふざけんな。』
園長は同僚の後ろからズタボロの私に追い討ちをかけてくる。
尋問の日は何故だかまっすぐ家へ帰る事が出来なかった。
私はファーストフード店で何時間もただボーッと前の道路を走る車を眺めて時間を潰し、日付が変わる前に家へ帰った。

家へ帰ると父と母が口を開いた。
『保育園で何やってた?正直に言い。』
私は苦痛の表情で今まで尋問に遭っていた事、今日話した内容を語った。
すると母が突然
『明日から休み。仕事行くな。』
そう私に言ってきた。
保育園というリング上でボコボコにやられてフラフラの私に母がタオルを投げたのだ。

こうして私は苦痛の末、酷い鬱状態になり、新設保育園を去った。
先日、久しぶりに保育園のホームページを見た。
あの園長が本性を隠した表向きのニコニコ顔で写っている。
今も園長はこのイエスマンや事務員に汚い仕事をやらせているのだろう…

さて、その後もトラウマから不眠、無食欲、情緒不安定、自殺願望という酷い鬱状態に悩まされ続けた私。
どうやって抜け出せたのか…それはまた別の機会にお話ししよう。

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