台湾

台湾の名湯『北投温泉』は日本人が開拓した!?『北投温泉』の歴史を徹底解説!

日本文化の一つに温泉がありますが、台湾にも多くの温泉があるのをご存じでしょうか?
その中でももっとも有名な温泉が『北投温泉』です。
『北投』という地名はかつて【kipataw(キパタウ)】と先住民の間で呼ばれていました。
『kipataw(キパタウ)』とは魔女という意味で、硫黄の煙に包まれた光景がまるで魔女が魔法をかけているように見えた事からそのように呼ばれていたようです。
今回はそんな有名観光地『北投温泉』が誕生した背景を解説していこうと思います。

発展の歴史

北投には先住民「ケタガラン族」が住んでいました。
14世紀ごろはまだ温泉地とは知られていませんでしたが、ケタガラン族が硫黄を使い交易していたという記録が残されています。
1896年
日本統治時代の台湾で北投の硫黄に目を付けた日本人の商人が台湾で最初の温泉旅館『天狗庵』を開業した事から温泉地として知られるようになり、現在は台湾四大名湯の1つに数えられるようになりました。
1913年
当時最大級の温泉施設『北投温泉公共浴場』が設立されます。イギリス建築方式のとても綺麗な施設でしたが、現在は温泉施設として使われてはいません。
しかし『北投温泉博物館』という形で残され、今も多くの観光客が足を運んでいます。

1916年には北投駅から新北投駅までを結ぶ【温泉線】が完成します。
温泉の為だけに路線が作られた事から、当時いかに北投温泉が重要視されていたかが分かると思います。
特に1960年~1970年代にはブームが起こり、温泉旅館が次々と建設され、北投温泉は温泉街として多くの人に愛されました。

衰退、復興の歴史

温泉街として人であふれていた北投温泉は1975年を境に、温泉施設の過剰建設や、公共施設の不足によって衰退の一途をたどります。
これに危機感を抱いた観光省は1999年を「北投温泉の年」と大々的にPR。
魅力を知ってもらおうと試行錯誤した結果、現在では台湾四大名湯の1つとして台湾人だけではなく、訪台外国人にまで知られるようになりました。

新たな観光名所 北投図書館

2006年にオープンした北投図書館は、台湾初の環境に優しい「緑の建築」と言われています。地上2階、地下1階の建物は、全体が環境に配慮した構造になっていて、屋根には太陽光発電パネルが取り付けられています。緑化した屋根と傾斜部分の芝生から雨水が自然に回収され、この水を植物にあげたり、トイレの洗浄水として使い、水資源の節約をしているのです。
2012年の米国のサイトFlavorwire.comでは「世界で最も美しい25の公立図書館」にランクインしました。

まとめ

いかがでしたか?
かつて日本人が開拓した『北投温泉』。
台湾へ行った際には是非足を運んでみてくださいね。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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